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2012年1月 3日 (火)

森博嗣「科学的とはどういう意味か」

科学を遠ざけている人に読んでみてほしい。
あと、義務教育に携わっている教育者にも。

目次

第1章 何故、科学から逃げようとするのか
 いつから避けるようになったのか
 向いていないと思い込む ほか
第2章 科学的というのはどういう方法か
 科学と非科学
 非科学的な習慣 ほか
第3章 科学的であるにはどうすれば良いのか
 「割り切り」という単純化
 科学は常に安全を求める ほか
第4章 科学とともにあるという認識の大切さ
 ごく普通に接すれば良い
 数字にもう少し目を留めてみよう ほか


科学的に考えることができれば、自分の身を守る、人の役に立つ、といったことに役立つと思う。
なぜなら、科学は信用度の高いものを生み出す一番の方法だから。

たいして信用できないものを他者に提供するのは、失礼にあたる。
そんなものでは、他者の信用は得られない。

自分だって信用できるものを利用したい。
使う度に異なる反応が生ずるものなど使いたくない。

著者は本著をこう締めくくる。

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P186より引用

科学の存在理由、科学の目標とは、人間に幸せである。
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TAROU

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